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キングダム桓騎将軍の最後はどうなる?史実通り李牧と戦い負ける?

キングダム桓騎将軍の最後はどうなる?史実通り李牧と戦い負ける?
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今回のテーマは、キングダム桓騎将軍の最後はどうなる?史実通り李牧と戦い負ける?と題してお伝えしてまいります。

キングダムの漫画連載で秦の六代将軍の1人である桓騎将軍がかつてない最大の窮地に陥ってしまっています。

趙国北部で秦王嬴政が中華統一に向け動きだした一連の趙との戦い。

序盤は敵地奥深くに進軍するために兵糧等の兵站戦に苦しむも斉国の権王の支援を得ることにより趙の王都邯鄲の喉元である大都市鄴を攻め落とすことに成功します。

そして趙国を攻め滅ぼすべく猛攻をくり出す秦を前に、趙は懸命の防衛戦を一度は失脚した趙国三大天李牧のもとで強いられていくことになります。

その趙攻略の戦線の中で桓騎軍は李牧の謀略により宜安城を陥落させたところで孤立してしまいます。

かつてない絶体絶命の窮地の中ともすれば諦めてしまいかねない取り巻きを尻目に桓騎は皆に言い放ちます!

-いつもと同じだ、俺の言う通りいしていれば全部上手くいく-!

何を持ってこの状況下において自らを信じこの自信を持てるのか、桓騎とは何者なのかそしてこの桓騎軍と李牧軍両軍激突の趨勢を史実も交えながら見て行きたいと思います。

それでは、キングダム桓騎将軍の最後はどうなる?史実通り李牧と戦い負ける?早速始めてまいりましょう。

 

キングダム桓騎将軍の最後はどうなる?

李牧の謀に嵌る形で宜安城に孤立した桓騎将軍は、最後の決戦と攻め寄せる李牧軍を尻目に既に宜安城を抜け出していました。

向かう先は宜安から森林地帯を抜けた肥下の城!

抜け殻となった宜安城に李牧に向けた桓騎将軍からのおぞましいメッセージのみが残ります。

肥下の惨劇を史に刻む-!

桓騎将軍のこの残忍なまでの強さ、そして自信はどこから来るのか?

まず桓騎将軍とは何者なのかから見てまいりましょう。

 

桓騎将軍とは?

元夜盗、盗賊上がりの武将そこから秦国の六代将軍にまで上り詰めた桓騎将軍。

このキングダムと言う物語での初登場は、当時の秦国筆頭将軍白老」蒙驁の副将としてであり魏国の要衝の地である山陽攻略で廉頗四天王の介子坊を苦しめ更には廉頗軍軍師ともいえる玄峰を討ち取るという武功を上げています。

ともすれば凡庸と評される白老」蒙驁、そのもう一人の副将の王翦と併せてかつての六代将軍にも匹敵する実力を両者とも持つと言われていました。

性格は盗賊上がりらしく残忍・冷酷そのものであり、敵国への過剰な仕打ちは秦国内でも否定する向きは有りましたが世は戦国春秋時代であり強さこそが唯一のカリスマだった時代!

そのカリスマ性を持って次々と手柄を立て最後は秦国六大将軍にまで上り詰めることとなります。

 

桓騎将軍の性格から最後の戦い方を予想!

その桓騎将軍の性格は残忍・冷酷を絵にかいたよう、そしてその傲岸不遜さを本領発揮した戦いそれが「白老」亡き後総大将に任じられ赴いた黒羊丘での趙国との戦いになります。

秦王嬴政が呂不韋との権力争いに勝利した後、秦国が中華覇権を目指すべく侵攻を開始する序章と言っても良い戦いです。

秦王嬴政の元、ついに一本化した秦国!

呂不韋四柱と言われた昌平君も嬴政の夢である中華統一の理念の下で秦国軍総司令とし野望実現に進みだします。

その昌平君最初の戦略が趙国国境にある天然の要塞-黒羊丘-を落とすこと。

キングダム連載で今展開されている趙国攻略戦はこの黒羊丘の延長線上にあります。

この天然の要塞を攻略出来たからこその鄴攻略であり、今の趙国滅亡の序曲ともいえる北方攻防戦でもあるのです。

この黒羊丘の攻防戦、5つの丘の陣取り合戦が戦略の要でした。

飛信隊を率いる信もこの攻防戦の総大将である桓騎将軍の軍に組み入れられ参戦していました。

ここでは余談となりますが趙国の三大天に一番近いと言われていた黒羊丘での趙軍総大将・慶舎を、我らが信が討ち取った場面は感動ものでした!

話しを戻して桓騎将軍の‐残忍・冷酷さらに傲岸不遜さ‐が本領発揮する場面がこの戦いで出てきます。

それまでも山陽での玄峰を殺す場面や、函谷関での合従軍との戦いで魏国総大将呉鳳明が放った井闌車を焼き払うという奇策と韓軍総大将である成恢を討ち取った場面など普通の武将とは一線を画する残虐な戦い方に度肝を抜かれたりもしました。

しかしそこまでの桓騎将軍に対する皆さんの評価は-かっこいい-という言葉が象徴する憧れに似たようなものがも多かったと思います。

しかし黒羊丘での桓騎将軍の残虐性と冷酷さは桁が違うのです。

その象徴となるのが砂鬼一家という謎の部隊の登場。

いつも死の影をまとう砂鬼一家が桓騎将軍に呼ばれる時、必ずそのおぞましい光景が展開されます。

黒羊丘の戦いで桓騎将軍も一目を置く存在であった趙国将軍-紀彗-!

この紀彗を排除するために桓騎将軍が使った手管は?

黒羊一帯の村人達を虐殺しその死体を紀彗に送り付けたのです。

そして紀彗を慕ってやまない離眼の民の虐殺を示唆するかのように紀彗を追い詰め、戦線を離脱させたのです。

結果、正攻法で攻め落とすより遥かに少ない犠牲の元で勝利を得ることが出来たのですが信たち飛信隊はこの極悪非道な戦い方に強烈に反発します。

今行われている宜安城から肥下城の戦いも状況は圧倒的に桓騎将軍不利な状況と言う部分が違いますが、宜安城での-肥下の惨劇を史に刻む-と言うメッセージで肥下城にあふれかえる趙国北方の民たちを人質とするあたり酷似しているのではないかと思います。

更には李牧軍の頭の中には、昨年の平陽で‐邯鄲の守護者‐扈輒軍10万人の斬首を実行した桓騎将軍への復讐と言う事も強烈に胸の内にあろうかと思われます。

李牧が最後の決戦の地と考えていた宜安城、桓騎将軍に砂鬼一家が呼ばれそのすさまじいまでに苛烈なメッセージが李牧に届けられた以上肥下城での戦いが想像を絶する攻防になることは想像に難くありません。

黒羊丘で紀彗将軍が民を守るために宣戦を離脱した事と同様の強烈な心理戦を宜安軍の袁環に仕掛けてくるのではないでしょうか?

それにより黒羊丘で紀彗将軍のように戦線離脱、もしくは北方の民全体が趙国から離反しかねないような展開を仕掛けてくるのではないかと考えて思いを巡らせているところです。

 

キングダム桓騎将軍の最後は史実通り?

キングダムの桓騎将軍にはモデルとなる実際の秦国大将軍が存在します。

その名も‐桓齮‐読み方はカンキと一緒です。

中国の歴史書である‐史記‐と‐戦国策‐両方に登場しますので実在の人物には間違いないでしょう。

原泰久先生がキングダムのベースは史実に沿って描いていると言っている通り身分や参加した戦いなどはその通りに描かれているようです。

桓騎将軍の史実を調査!

史書にあるの足跡を追ってみましょう。

古代中国の春秋戦国時代、秦の嬴政に仕え中華統一に貢献したとあります。

そして‐桓齮‐の経歴として記載のあることを箇条書きで羅列致します。

  • 紀元前237年(始皇帝10年)、将軍になる。
  • 紀元前236年(始皇帝11年)、王翦・楊端和らと趙の鄴を攻めて、先ずその周辺の9城を取る。(桓齮はそこに留まり、王翦が一人で閼与・鄴などを落とす。)
  • 紀元前234年(始皇帝13年)、趙の平陽・武城を攻めて、趙将のを武遂で討ち、趙兵の首を斬ること10万であった。(一説に扈輒には生存説が有ります。)
  • 紀元前233年(始皇帝14年)、再び趙を攻めて、平陽と武城を平定した。さらに、赤麗と宜安を攻め、宜安ではその将軍を討ったものの、趙の大将軍の李牧に肥下の戦いで敗れた。
  • 『戦国策』趙策四によれば、この敗戦で李牧に討たれたとされる
  • 一方、『史記』廉頗藺相如列伝では大敗したのち、敗走したと記されている
  • 『史記』においてはその後の経歴は不明であるため、中国の歴史家楊寛は著書『戦国史』で、敗戦の処罰を恐れた桓齮は燕に亡命し、樊於期と名を改めたという説を唱えた。

史書から読み取れる‐桓齮‐の経歴にはキングダムでおなじみの人物名や地名が登場するためとても親近感を持って中国の史書と触れ合うことが出来ます。

キングダム桓騎将軍のモデルは中国史書に登場する‐桓齮‐で間違いないですね!

 

キングダム桓騎将軍と実在のモデルどう違う?

前項で史書に登場する‐桓齮‐が桓騎将軍のモデルとして間違いないことは確認しました。

ではキングダム桓騎将軍と史書にある‐桓齮‐との違いに着目してみましょう。

史書の‐桓齮‐には史書に登場する以前の事や性格までは記載されていないようです。

そこから鑑みるとキングダム桓騎将軍の出自や性格などのキャラ設定は原泰久先生の脚色だと考えて良いのではないでしょうか?

史書に‐桓齮‐と一緒に出てくる人物で今の中国でも有名な大将軍がいます。

その大将軍は‐王翦‐その人なのです。

白起(秦)・廉頗(趙)・李牧(趙)と並ぶ戦国四大名将の一人として知られています。

これは筆者の予想ですが、‐王翦‐と対比して桓騎将軍を描くことを考えたとき始皇13年の‐桓齮‐の足跡がモチーフとされたのではないでしょうか?

  • 紀元前234年(始皇帝13年)、趙の平陽・武城を攻めて、趙将の扈輒を武遂で討ち、趙兵の首を斬ること10万であった。

10万人の斬首、かの国の史書にはある程度の誇張はあるようですがこれだけの趙兵の斬首を決行する将軍‐桓齮‐をモデルにしたキャラを描くとすればキングダムの桓騎将軍のようなキャラが出来上がることは考えられることだとは思います。

但し、趙兵の斬首を意思決定したのは‐桓齮‐ではないとの見解も多数あるようですので、公平を期することでご記憶願えればと思います。

 

キングダム桓騎将軍の最後は李牧と戦い負ける?

桓騎将軍のモデルである‐桓齮‐の最後が-戦国策-と-史記-両方に記述があることは既に記載させて頂きました。

その桓騎将軍の最後に着目したいと思います。

史書では-戦国策-の方は肥下の戦いで敗れた後に李牧に打たれたとあります。

もう一方の-史記-では廉頗藺相如列伝に大敗した後は敗走した記されているようです。

いづれにしてもこの肥下の戦い以降‐桓齮‐の名前は史書から消えているのです。

 

李牧が見抜いた桓騎将軍の弱点とは?

李牧が桓騎将軍に対して抱いていた思いがあります!

  • 私が討ち取られることが有るとすればその相手は桓騎である!
  • この男だけは決して長く生かしておいてはならない!

この李牧の思いは伏線と考えられますのでキングダムのどこかで回収されなければならないと思っています。

史書では前項でしましましたように桓騎将軍は肥下の戦いで李牧に敗北して歴史から姿を消します。

これは李牧が思う-長く生かしておいてはいけない-の回収として史実に沿った形で話は進んで行きそうです。

もう一つは史実での李牧の最後は王翦の謀により趙国内が分裂しそのことから命を落とすこととなりますので桓騎将軍に-討ち取られる-わけでは無いようです。

黒羊丘の攻防戦で李牧の腹心である将軍慶舎が戦いの中-お前の弱点もよくわかったぞ-という場面があります。

実はこの‐慶舎‐の言う桓騎将軍の弱点が未だ不明のままなのです。

そのために色んな事が言われています。

‐火兎の笛‐逃げが最優先の状況になった時この笛が桓騎将軍の命が無くとも誰かの判断で吹かれとにかく逃げる、自軍危機の時の被害を最小限に出来る-なんだかんだであの逃げ方が一番助かる-と桓騎将軍もにんまりしていましたね。

SNSなどではこの‐火兎の笛‐を弱点として話を展開する向きが多いようです。

これは僕も賛成です。

これは現代の軍でも基本的な事ですが-逃亡-はどんな軍でも厳罰になります。

それを‐火兎の笛‐という盗賊の価値観を軍に持ち込んだ場合、敵前逃亡の判断を部下に持たせることになります。

桓騎軍が統率出来ているのは唯一桓騎将軍のカリスマによるものです。

このカリスマが弱まれば烏合の衆どころの騒ぎではないでしょう。

元々が夜盗・盗賊の類の集まりですから中から崩壊する可能性はいかなる局面でも否定できません。

だからこそ現代の軍でも敵前逃亡は極刑を持って対応する国がほとんどだと思います。

黒羊丘で慶舎が見抜き李牧とも共有した桓騎将軍の弱点とは‐火兎の笛‐を象徴とする統率力という事では無いでしょうか?

つまり敵から見れば各隊を桓騎将軍と分断しやすいという事になるのではないでしょうか。

後の旧日本軍で言う-統帥権-の事になんか似ていませんか?

 

桓騎将軍の最後の戦いは肥下城?

次に李牧が桓騎将軍に対して持っていた恐れとも言って良いであろう思い?

  • 私が討ち取られることが有るとすればその相手は桓騎である!

こちらについて考えてみましょう。

史実では李牧は肥下の戦いでは死にません。

そして肥下の戦い後に桓騎将軍は歴史から姿を消します。

これをキングダムに当てはめた場合、桓騎将軍は肥下城の戦いで李牧に負け命を落とすと思われます。

そうなると李牧が‐討ち取られることが有るとすれば‐の伏線が回収されなくなります。

伏線が回収されない、これは漫画にとって一大事!

この伏線を回収する方法が一つだけあります。

李牧は一連の趙北方の戦いの功績により武安君という栄誉ある称号を授かります。

これは秦に奪われた北方の領土を回復した功績によるものだと言われています。

実はこの時既に桓騎将軍の計略で北方の民の信頼を李牧は失っていたのではないか?

更に北の民は桓騎将軍の計略で既に趙国に敵対する勢力となっていたのではないか?

中華の武人として最高の栄誉である‐武安君‐に任じられたとき既に李牧は桓騎将軍から政治的に抹殺されていたのではないか?

それが、その後の王翦の謀による趙の宰相である郭開の讒言を信じた幽繆王により李牧が誅殺されるに至った内幕ではないかと思うのです。

これで李牧の2つの思いが回収されることになります。

  • 私が討ち取られることが有るとすればその相手は桓騎である!
  • この男だけは決して長く生かしておいてはならない!

 

桓騎将軍の最後のセリフがかっこいい!

おそらく史実に忠実なキングダムですから桓騎将軍は肥下城の戦いで命を落とすことになるのだと思います。

李牧と言う類まれな英傑の存在を持ってしてやっと存続出来ている趙国の息の根を止めるにはその李牧を排除すれば済むこと。

そしてそれに気づいたは盟友である王翦とも謀を巡らし、趙国北方の民の離反と言う趙国滅亡への序章を演出していたのではないか!

そして後継軍の盾となろい死にゆく桓騎将軍!

ここでは桓騎将軍が命と引き換えに残す言葉と託すものがクライマックスとなりますよね。

剣を託した漂、矛を託した王騎将軍、盾を託した麃公将軍、そして桓騎将軍が信に託すものは何でしょうか?

そして最後の言葉、-かっこよく-決めてほしいと願います!

 

まとめ

今回は、キングダム桓騎将軍の最後はどうなる?史実通り李牧と戦い負ける?と題してお伝えしてまいりました。

桓騎将軍には-カッコイイ‐と言う形容が良く似合います。

ヤングジャンプ連載で間もなく最後の時を迎えるであろう桓騎将軍!

趙国李牧の計略で命を落とす秦の大将軍3人目となりますね。

昔あった刑事ドラマの殉職シーンにも通じる名場面になってきました。

‐素質は有りますよ、信‐

‐火を絶やすでないぞぉ‐

そしてついに桓騎将軍は・・・!

何故かこの時も信が桓騎軍に組み込まれながらなんか大人しめに行動を共にしていますね。

これ絶対に桓騎将軍主人公信に何か残しますよね!

僕はそれを‐摩論‐を参謀として残るこのハチャメチャな桓騎軍を託すのだと考えていましたが、何か形ある物も良いですよね!

あッ鎧か!

キングダムと言う長い叙事詩の最初に描かれていた李信将軍の鎧!

あれよりカッコイイ鎧がまだ登場してませんよね。

そう-カッコイイ-桓騎将軍の-カッコイイ-鎧!

それでは、キングダム桓騎将軍の最後はどうなる?史実通り李牧と戦い負ける?これで終了とさせて頂きます。

最後までお読みいただきありがとうございました。